ニュートリゲノミクスって何ですか?

Nutrigenomics

~成り立ちと食品機能性研究における応用~

ニュートリゲノミクスとは?
「ニュートリゲノミクス (Nutrigenomics)」や「ニュートリショナル ゲノミクス(Nutritional genomics)」といった言葉は2000年代初頭に造られたもので、栄養学とゲノム科学を融合させた新しい科学分野です。
Nutrigenomics
= Nutrition + Genomics

栄養学とゲノム科学を融合

ニュートリゲノミクスを用いた
食品機能性研究

近年、遺伝子発現解析技術の進歩に伴い、遺伝子発現に対する食品成分の影響を調べられる時代が到来し、食品機能性研究の方向性が大きな転換期を迎えています。

「Food talking to your genes
(食べ物が遺伝子に語りかける)

海外の研究者はこのようにニュートリゲノミクスの真髄を表現しています。私たちが日常に摂取した様々な食品は、体内でDNAをはじめとする遺伝子発現のプロセスにシグナルを送ります。それによって、健康を促進する遺伝子を活性化する、あるいは病気を促進する遺伝子を活性化することで、多岐にわたる生理機能を巧妙に制御しています。実際、身体の健康状況も食べ物や食事スタイル(食べ物の組合せや食事する時間など)によって左右されます。

食品分野だからこその問題点

遺伝子発現の変化をより効率的に調査するために、シーケンシングと呼ばれる技術が開発され、DNAやRNAの塩基配列を高速に決定できる手法として、分子生物学やゲノム研究に大きな変革をもたらしています。医薬品の分野では、既にオーダーメイド医療が推進されており、シーケンシングによるSNP (Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型) 解析や体細胞変異解析などで個人の体質によって薬の効果差を評価し、患者の体質や病状に合った治療を提案できます。そして最近、医薬品だけでなく、「オーダーメイドサプリメント」と呼ばれる商品の開発も進められています。そのため、食品成分の効果が体質や遺伝子の個人差によってどれぐらい変化するかを精査する必要がでてきました。また、医薬品と違って食品では、1つの成分に複数の機能が兼ね備わっていることが少なくありません。個々の食品成分が遺伝子に対する影響を完全解明し、大規模なデータを蓄積する必要があります。

メカニズム解明から機能性探索へ

このような背景のもとで、研究者たちが取り入れたのはシーケンシングを含む遺伝子発現解析技術を活用する食品機能性研究です。その流れとして、期待される健康効果そのものに焦点を当て、食品成分による生理学変動をまず確認し、遡ってそこに関わる分子生物学メカニズムをオミクス解析で解明するのが主流です。それに対して、ニュートリゲノミクスは遺伝子発現の流れ(DNA→mRNA→タンパク質)に従って、上流にある細胞プロセスを活性化するために必要な幅広いシグナル伝達経路(すなわち同じ機能を果たせる関連遺伝子グループ)を網羅的に解析し、いわゆる食品機能性の探索を実現させることが可能です。つまり、全く機能性が知られていない素材や成分はもちろん、既有の機能性が知られている場合でも、ニュートリゲノミクス解析を行うことで新たな機能性を発見することが期待できます。

多種多様な解析手法

ニュートリゲノミクスでは、細胞が食品成分を受容し、変化として現れるまでの段階において、どの部分を調べるかで解析方法は異なります。ある段階に対する個別解析はもちろん、DNAを調べるゲノミクス解析、mRNAを調べるトランスクリプトーム解析、タンパク質を調べるプロテオーム解析、そして代謝産物を調べるメタボローム解析、多階層にわたるオミクス解析データを重ねてつなげ相互作用を解明するトランスオミクスと呼ばれる解析手法も使われています。さらに近年では、これらのデータを統合して立体的に解析し、それぞれの階層の情報をつなぎ合わせたものから生理機能の全体像を把握するマルチオミクスも提唱されています。解析技術や手法の進化に伴って、食品分野においても膨大なデータが蓄積され、ニュートリゲノミクスは、単に遺伝子と食品成分がどのように相互作用するかを研究するものから、遺伝子発現の変動により特定の食品成分に対して身体がどのように反応するかを予測するという方向に変遷しつつあります。

食品の研究開発で期待される効果

超高齢化社会や昨今の新型コロナウイルス感染症の影響により、機能性食品やオーダーメイドサプリの需要が急速に増加しており、新素材や新商品の開発が迫られています。しかし、新規の食品を開発するためには、市場探索・素材開発や非臨床試験を経て、ヒト試験に至るまでに約10年を要するといわれています。そのため、食品開発現場では、遺伝子発現に対する食品成分の影響を網羅的に評価できるニュートリゲノミクスを応用することで、非臨床段階が短縮され、新技術による研究開発の加速化への期待が高まっています。

新規機能を調べるための試験系

様々なオミクス解析の中で、トランスクリプトーム解析は高い効率性とデータ表現により、ニュートリゲノミクス研究で最も効果的で広く使用されているテクノロジーとなっています。そして、食品素材の新規機能を探索するにあたって、初期の段階では、まずトランスクリプトーム解析を行うことがスクリーニング戦略の一つとして考えられます。トランスクリプトームは、特定の状況下において細胞中に存在する全てのmRNAの総称であり、RNAをどのような細胞から抽出するかによって探知できる機能が異なりますので、事前にある程度目星を付けて機能性を絞り込むことが望まれます。例えば、肌に関連する機能性であれば、表皮角化細胞や皮膚線維芽細胞などを使用して解析が実施できます。

腸管細胞の可能性

一方、全く標的の分野を設定せずに機能性を一度に探す場合、腸管細胞の有用性が注目されています。腸管細胞は、食品素材が保持されたまま到達する可能性が一番高く、食品の機能性成分が体内に吸収される過程において、様々な制御・調節作用が知られています。近年、食品や栄養学研究の領域では、腸管細胞や腸を対象としたin vitro/in vivo研究が増えており、機能性評価のためのヒト腸管モデルの開発も進められています。

実際、腸管細胞を用いて機能性探索を行う試験では、腸に直接関連する免疫やお腹の調子はもちろん、コレステロール、体脂肪、血糖などの機能性を推察することも可能です。バイオインフォマティクスに基づく高次的なデータ解析において、生理機能に繋がるような生物学的機能がネットワーク/パスウェイ解析でヒットしたり、生体機能に関わる遺伝子が高い変動率であり、有意な関連性が確認されたり、このような解析結果が認められた場合、かなり高い確率で生理機能へ繋がる考察が期待できます。

ニュートリゲノミクス発展の理由

従来の特定分野においての探索から、より広範囲で網羅的に機能性を調べることができるようになった理由として、長年データの蓄積によってデータベースが構築されたことが挙げられます。また、オミクス解析技術の急速的な進化も一因として考えられます。

マイクロアレイの普及と成果の
データベース化

例えば、トランスクリプトーム解析はマイクロアレイの普及と共に発展してきた技術と言っても過言ではありません。マイクロアレイは、DNAチップとも呼ばれ、DNAの部分配列をガラスなどの基板上に高密度に整列固定したツールです。既にある動物種 (例えば、ヒト) の全ての遺伝子断片が載っているチップの上に、検体となるRNA (cDNA) をハイブリダイゼーションすることによって、細胞内の遺伝子発現量など情報を一度に調べることが可能です。その利便性と低コストで、かつてはニュートリゲノミクス研究の主流となっていました。そして、膨大な解析データの更なる活用を期して、その後、解析結果のデータベース化が進められています。現在、日本人研究者によって作られた世界初のニュートリゲノミクスデータベースでは、千件以上のマイクロアレイによる解析結果が登録されています。

次世代シーケンサーの台頭

一方、近年では、同じように網羅的な発現解析ができる次世代シーケンサー (NGS) の台頭で、RNA-seqなどの技術を取り入れるニュートリゲノミクス研究も急増しています。特にその中のターゲットNGSは、従来のマイクロアレイ解析と比べて、より幅広い発現定量のダイナミックレンジと、より高感度な転写物の検出が可能であり、全トランスクリプトーム解析よりもシンプルでコストパフォーマンスが優れています。

ニュートリゲノミクスは、比較的に新興な研究分野であり、最新のテクノロジーによって大きく変貌する可能性があり、今後のトレンドに注視するべきです。

拡大し続ける
ニュートリゲノミクス市場

2021年のマーケット調査では、世界のニュートリゲノミクス市場が2031年に51億7,060万米ドル規模に到達する見込みとなっています。ニュートリゲノミクスは、技術の成熟化により、アカデミアだけでなく、個人の検査サービスや企業の研究開発などでも様々な場面で応用されるようになっています。

事例紹介~肝機能関連遺伝子を
動かす機能水~

ここでは、弊社の協力研究機関である早稲田大学 原太一先生の研究室で行われた企業との共同研究を事例としてご紹介いたします。アルコールは細胞内の活性酸素種 (ROS) の産生を介して細胞傷害を引き起こすことが知られています。肝機能保護の効果が期待されている機能水は、これまでのマウスやラットを用いた研究において、その摂取によりアルコールの肝臓傷害が軽減されることが報告されていますが、ROSの消去活性を有する機能水がアルコールによる肝臓傷害を抑制するメカニズムについては解明されていませんでした。そこで、原先生の研究室では、機能水が肝細胞に及ぼす影響の調査を行いました。その結果、機能水がアルコールの代謝に関わる酵素に作用することで毒性代謝物の産生やROSの産生を抑制し、アルコール性肝細胞傷害を抑制することを明らかにしました。これは従来の方法による機能性の個別評価の結果であったため、さらに分子レベルのメカニズム解明や新規機能の探索を目指して、網羅的なニュートリゲノミクス解析を実施しました。細胞に機能水を作用させた際に、どのような遺伝子が活性化しているかをすべての遺伝子を対象に発現プロファイリング解析を行い評価しました。そして、発現が変動した遺伝子のクラスター分析を行ったところ、機能水と普通のお水は遺伝子発現に与える影響が異なることが判明しました。

従来型の食品機能評価は、特定の機能に対する個別解析がメインで、食品に解析内容に関する機能性がある保証はない故に、リスクが高いです。しかし、新しいアプローチであるニュートリゲノミクスは細胞や組織への影響を分子レベルで網羅的に解析し、分子の動きから機能性を見出すことができます。そのため、リスクの軽減や未知の機能性の発見などが期待できます。機能性食品の研究開発に取り組む企業にとっても、素材のスクリーニングや作用機序の検討などで強力な手助けになると考えられています。

「未病」社会に向けて、
ニュートリゲノミクスの挑戦

高齢化が進む日本では、いかに人々の健康寿命を延ばして、「未病」社会を作ることが重要な課題となっています。そして、未病産業が益々成長している中、オーダーメイドサプリメントの開発や機能性食品のイノベーションに向けて、ニュートリゲノミクスの活用は不可欠と考えられます。しかし、食品の機能性探索における予測精度の向上や階層縦断的なデータ統合・分析方法の創出、解析コストの低減など様々な難題が残っているのが現状です。また、現在ニュートリゲノミクス研究のデータ分析・解釈には高度なバイオインフォマティクス知識を有する専門家が必要となっており、今後はAIやスパコンなどの技術との融合により、新たな科学分野を生み出し、ニュートリゲノミクスを基盤とする食品機能性研究のさらなる発展が実現できると信じています。

参考文献

ヒト試験・臨床試験
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