プロテオームとは細胞や組織、生物が発現している、または発現する可能性のあるすべてのタンパク質を指します。プロテオーム解析はこれらのタンパク質を網羅的に解析し、ある条件で発現しているタンパク質を特定することで、生体内作用の解明を目的としています。 ここではプロテオーム解析とその流れについて解説します。

目次

1.プロテオームとは

プロテオーム (proteome) とはprotein (タンパク質) とome (すべての) を組み合わせた造語で、細胞や組織、生物が発現している、または発現する可能性のあるすべてのタンパク質を指します。

ヒトは約2万の遺伝子を持っていると言われていますが、タンパク質は約10万以上あると言われています。タンパク質研究はゲノム研究以上の情報が得られる可能性があり、生体内作用を理解する上で非常に重要です。

2.プロテオーム解析 (プロテオミクス) とは

プロテオーム解析 (Proteomic analysis) またはプロテオミクス (Proteomics) はプロテオームを網羅的に解析することを指します。

プロテオーム解析では、一般的にサンプル中のタンパク質の発現量や発現場所、修飾の状態、タンパク質同士の相互作用などを調べます。これらの様々な情報を網羅的に解析することで生体内作用にタンパク質がどのように関わりあっているかを解明します。

3.プロテオーム解析の流れ

プロテオーム解析はサンプル (試料) 作成、タンパク質の抽出、タンパク質の分離・同定の順で行います。

サンプル (試料) の作成はプロテオーム解析に限らず、in vitroやin vivo研究を行う際に必要となる過程です。例えば、栄養学の分野では、ある食品の影響によるタンパク質の発現変化を観測するため、腸管由来細胞に食品成分を添加するといった例が挙げられます。

タンパク質の抽出では、サンプル中に含まれるDNAや脂質を除去し、タンパク質のみを取り出します。その後、抽出された多種類のタンパク質に対して分離・同定が行われます。従来では、二次元電気泳動によって様々なタンパク質を分離し、精製されたタンパク質またはプロテアーゼ処理で得られたペプチド断片を質量分析法 (MS) で測定し、サンプル中のタンパク質が同定されます。近年では、タンパク質を抽出後すぐプロテアーゼで分解し、得られたペプチドを液体クロマトグラフィー (LC) で分離した後、タンデム質量分析計 (MS/MS) でアミノ酸配列を特定し、タンパク質を同定する方法が開発されました。

4.プロテオーム解析の手法

ここでは、タンパク質の分離・同定でよく使われているテクニックとして、二次元電気泳動とLC-MS/MSについて詳しく解説します。

4.1.二次元電気泳動

電気泳動とは電荷をもつ物質が含まれる溶液に電流を流すと電荷と逆の極へ移動する現象のことです。また、電気泳動はゲルを通して行います。こうしたゲルには細かな穴が開いており、分子サイズが小さいほど通り抜けやすいため、ゲルを通して電気泳動を行うことで、分子サイズでの分離ができます。二次元電気泳動では二次元に電気泳動を行う方法で、一次元方向への電気泳動は電荷での分離を行い、二次元方向への電気泳動は分子サイズでの分離を行います。

一次元目の電気泳動の手法として、等電点電気泳動が挙げられます。タンパク質を構成するアミノ酸は溶液のpHによって電荷が変動し、特定のpHで電荷を持たなくなります。この電荷を持たなくなるpH値を等電点と呼びます。pH勾配のある泳動槽で電気泳動を行うことでタンパク質は等電点で移動しなくなります。この等電点を利用した電気泳動を等電点電気泳動と呼びます。

二次元目の電気泳動の手法として、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE) が挙げられます。ゲルの移動速度は分子量でだけでなく、タンパク質の電荷や構造などの影響を受けます。そこで、β-メルカプトエタノールのような還元剤でジスルフィド結合を切断しドデシル硫酸ナトリウム (SDS) などの界面活性剤をタンパク質に結合させます。これにより、タンパク質は直鎖状になり、電荷が均一になります。このような処理を行うことで、分子量のみに依存した電気泳動が可能になります。

タンパク質の分離ができたらスポットを切り出し、タンパク質の同定を行います。タンパク質の同定の方法としては質量分析法 (MS) がよく知られています。MSはサンプルに高電圧などのエネルギーを与えることでイオン化させ、質量電荷非に応じて分離・検出する方法です。「ペプチドマスフィンガープリンティング」と呼ばれる方法では、MSでペプチドの質量スペクトルを取得し、データベース中のタンパク質を同じプロテアーゼで断片化した場合,理論的に得られるペプチドの質量スペクトルとの比較によってタンパク質が同定されることができます。

4.2.LC-MS/MS

LC-MS/MSは液体クロマトグラフィー (LC) とタンデム質量分析計 (MS/MS) を連結した方法です。この方法はまず、LCでタンパク質の親水性、疎水性の差を利用してタンパク質を分離します。タンパク質の水への溶けやすさはアミノ酸の組成や折り畳み構造により異なります。LCではサンプルを通すカラムに疎水性の高い固定相を充填することで、親水性の高いタンパク質ほど早く流れるためタンパク質を分離することができます。

次にLCで分離したタンパク質をMS/MSで解析します。MSは二次電電気泳動でも解説したように質量分析法のことを指します。MS/MSは間に衝突室を挟んで質量分析計を2台組み合わせた装置です。1台目でタンパク質をイオン化し、衝突室の不活性ガスと衝突させます。すると、衝突により分子がイオン解離するため、これを2台目の質量分析計で計測します。この一連の流れにより、1台目でタンパク質の分子量を測定し、2台目でタンパク質がどのようなイオンを生じるのかを見ることができます。ここで得られたスペクトルデータからタンパク質のアミノ酸配列を特定し、タンパク質を同定します。

LC-MS/MSでタンパク質を解析する際、タンパク質は分子量が非常に大きく、そのままでは良好な解析結果を得ることは困難です。そのため、事前にタンパク質をプロテアーゼで細かいペプチド断片に処理してから解析する「ショットガン法」と呼ばれる方法が使われています。よく用いられるプロテアーゼとしてトリプシンを例に挙げると、トリプシンはリシンまたはアルギニンの隣を切断します。LC-MS/MSで得られたペプチド断片の配列データはリシンまたはアルギニンが必ず末端になるため、これらの配列データを統合することで、元のタンパク質のアミノ酸配列を特定することができます。

5.まとめ

現在、プロテオーム解析では、多種多様な解析方法が開発・応用され、敷居はより低くなっていると言えます。「ショットガン法」の中で主流となっている「データ依存的解析法 (DDA)」によるノンターゲットプロテオーム解析において、ヒトなどの複雑なプロテオームについては解析前に分画を実施するなどの工夫で数千から1万程度のタンパク質の同定が可能です。しかし、DDA法は低発現タンパク質の検出や定量再現性に課題があったため、近年「データ非依存的解析法 (DIA)」法によるターゲットプロテオーム解析が普及しつつあります。DDA法では存在量の多いタンパク質から順に同定しますが、DIA法では存在量に関係なく、全てのMS/MSスペクトルを取得し、事前に構築したスデータベースと照合することでよりも⾼感度で正確なプロテオーム解析を実現できます。日進月歩の技術進化に伴い、現在ヒト細胞を対象とした解析では、少なくとも5千以上のタンパク質を一度で評価可能となっています。

特定の生体反応において、発現しているタンパク質群を解析できることはよりマクロな視点で作用機序を観察できる可能性を持っています。今後の技術の更なる発展により、食品開発の現場では、まだ機能性の検討もついていない素材などが生体にどのような影響を及ぼすのかを調査する上でさらに強力な手法となると期待しています。

6.オルトメディコのニュートリゲノミクスサービス

オルトメディコでは早稲田大学 人間科学学術院 原太一 教授のご協力のもと、プロテオーム解析を含め、様々な解析サービスをご提供しています。ニュートリゲノミクスサービスでは、食品素材を特定の細胞に添加したときの変化を解析し、食品素材の機能性を検討します。食品素材をご提供いただくだけで、素材の前処理や条件検討から、データの分析と解釈まですべてサポートいたします。

参考文献
  • 大石 正道, 二次元電気泳動法と質量分析法を用いたプロテオーム解析, 日本比較内分泌学会ニュース 26巻 (2000) 97号 p.21-24
  • 松本雅記, 中山敬一, 精密な定量プロテオミクスにもとづく生命科学の研究, 領域融合レビュー, 6, e002 (2017), DOI: 10.7875/leading.author.6.e002
  • 松尾雄志, 甲田誠一, 堀尾武一, 等電点電気泳動法の原理と特徴, 臨床化学, 10巻 (1981) 2号
  • 谷口 寿章, 質量分析でタンパク質の全体像を捉える : ライフサイエンスの第二の革命(講座:タンパク質-その姿を見た立て役者たち2), 化学と教育, 2004 年 52巻 6号 p. 388-391
  • 平野 久, プロテオーム解析概論, ぶんせき, 2005年7号 p.348-353