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前回のメタボローム解析 (2023/1/12配信) に関するコラムは、解析方法や流れについて解説いたしました。今回は、具体的な内容を踏まえ、健康食品の機能性研究におけるメタボローム解析の活用例をご紹介します。

1.健康食品の作用機序を調べる方法?

作用機序とは、健康機能のある食品 (健康食品) がその効果を示すまでの過程や経路をさします。機能性表示食品における作用機序は、細胞試験、動物試験、または臨床試験の結果から示すことが求められています。そのため、機能性表示食品の開発を行う多くの研究者は、その製品や原料素材の有効性や安全性の検証だけでなく、作用機序の解明にも力を入れています。

しかし、一言に作用機序といっても、研究対象の製品や素材の機能性における作用機序は複数存在するため、細胞試験や動物試験、ヒト臨床試験において、それらの作用機序を一つずつ検証するとなると、膨大な時間を要します。そのため、機能性表示食品をはじめとした、食品の機能性を評価する研究分野では、より効率的な作用機序の検討方法の確立は非常に重要であり、ニュートリゲノミクスは作用機序の解明の一助を担う可能性があります。

ニュートリゲノミクスはDNA、mRNA、タンパク質、代謝物質の変化を、一度で、網羅的に解析することができるため、従来の細胞試験や動物試験と比較して、短時間で様々な作用機序の検討することができます。特に、メタボローム解析はヒトの表現型に最も近いとされる代謝物質の解析方法であるため、作用機序の探索方法として有用な手法の一つと言えます。

2.メタボローム解析とは?

メタボローム解析は、メタボロミクス (metabolomics) とも呼ばれ、食事摂取に伴って体内で生成された栄養素の代謝物質である、糖・有機酸・アミノ酸などの総体 (メタボローム) の種類や濃度を網羅的に分析する手法のことです。

普段の食事や健康食品などの摂取から得られる栄養素は、その物質自身が生理的な活性を示すだけでなく、生体内での代謝によって異なる物質 (代謝物質) に変化してはじめて生理的な活性を示す場合もあります。これら代謝物質は、更に異なる代謝物質に変化したり、あるいは元の代謝物質に戻ったりして、複雑に絡み合う代謝経路を通して変化します。

こうした代謝は細胞内だけにとどまらず、血液などを介して筋肉や脳など他の組織にも影響を与えるほか、尿や脳脊髄液 (CSF) といった体液にも多くの変動をもたらしながら、全身で協調して生体の恒常性 (homeostasis) を維持します。そのため、外部からの刺激 (温度や光といった環境の変化、薬物摂取、食事など) や疾病などによって代謝に変化が生じると、細胞の中に存在する代謝物質の種類や濃度にも変化が生じるのです。

つまり、代謝物質を網羅的に解析するメタボローム解析を用いることで、生体内の代謝がどのように変化しているかを把握することができ、生命現象を更に深く理解することの助けになるほか、その変化を詳細に分析することにより、バイオマーカーの探索や代謝の生化学的仮説の立案・検証が可能となります。

3.メタボローム解析を活用したことで健康食品の作用機序が明らかにされた研究例

ここでは、メタボローム解析を用いた食品研究の一例を紹介します。健康食品の候補であるダッタンソバ (Fagopyrum tataricum (L.) Gaertn) 由来タンパク質 (以下、ダッタンソバペプチド) の機能性の作用機序をメタボローム解析によって検討した先行研究を紹介します1)

過剰な活性酸素種の発生が引き起こす酸化的損傷 (酸化ストレス) は、様々な代謝性疾患や疲労感を引き起こす可能性があります。ダッタンソバペプチドは、優れた抗酸化作用を有していることから、代謝性疾患や疲労感の発生を抑制する健康食品として期待されていますが、ダッタンソバペプチドによる抗酸化作用機序は明らかになっていませんでした。そこで、Zhouらは、メタボローム解析を用いてその作用機序を明確にすることを試みました。

抗酸化メカニズムの解明のため、Zhouらは、腸管細胞モデルとしても利用されるヒト結腸癌由来細胞 (Caco-2) に対して過酸化水素 (H2O2) を添加することで酸化ストレスのモデルを作成し、対照群 (H2O2非処理)、モデル群 (H2O2処理)、ダッタンソバペプチド群 (H2O2処理 + ダッタンソバペプチド処理) の3つの細胞培養群に分け、これらの細胞内代謝物をメタボローム解析に供しました。メタボローム解析には、液体クロマトグラフィー質量分析法 (LC-MS) が使用されました。

その結果として、陽イオン測定によって得られた合計3035の代謝物からパスウェイ解析によっていくつかの代謝経路の変動が確認され、特に、グリセロリン脂質代謝の寄与率が高いことが分かりました。このことから、ダッタンソバペプチドは、脂質代謝を調節することによって酸化ストレスから細胞を保護する可能性が示されました。

4.メタボローム解析を含むマルチオミクス解析の有用性

近年、メタボローム解析を含むマルチオミクス解析という分析手法が注目されています。ここでは、マルチオミクス解析について、簡単にご紹介させていただきます。

マルチオミクス解析を理解するには、オミクス解析を知る必要があります。オミクス解析とは、体内の分子を網羅的に解析する手法を総称したものを指しており、ゲノム解析・トランスクリプトーム解析・プロテオーム解析・メタボローム解析があります。これらのオミクス解析を統合して行う解析を「マルチオミクス解析」と言います。このマルチオミクス解析は、以前までは技術的な問題により実現することができませんでしたが、近年のIT技術の発展によって、ビックデータから様々な情報を引き出せるようになったことで実現できるようになりました。これにより一つのオミクス解析では得ることのできなかった情報でも、複数のオミクス解析を統合することで、新たな医学的・生物学的知見を得られるのではないかと注目されています。

マルチオミクス解析は、食品素材の明らかにされていない新たな機能性の断定や、既存の安全性データとの比較による安全性の検証ができるなど、ありとあらゆる場面におけるさらなる活躍が見込まれています。そのため、マルチオミクス解析が今後も発展していき、健康食品やその素材の機能性研究にさらに寄与することが期待されます。

5.まとめ

今回、メタボローム解析が健康食品の作用機序解明に役立つ効果や食品の機能性研究に期待される役割などを中心に解説しました。実際、メタボローム解析は日々進化しており、国内外で新しい解析方法や技術の開発が非常に活発化しています。そのため、過去の時点における技術では意味を見出すことができなかったデータでも、より高度のバイオインフォマティクス解析技術を用いることによって、新たな解析結果を発見することができる可能性を秘めています。また、大規模な解析データの蓄積やマルチオミクス解析も、結果における解釈の精度や一貫性を高め、今後の研究に役立つことが期待されます。このような技術を利用し、現在では、メタボローム解析等のオミクス解析を用いた食品の機能性・安全性検証などが培養細胞や実験動物を用いて行われており、今後、基礎研究だけでなく、新たな評価アウトカムとして、ヒト臨床試験での応用も期待されています。

6.オルトメディコのニュートリゲノミクスサービス

オルトメディコでは早稲田大学 人間科学学術院 原太一 教授のご協力のもと、メタボローム解析を含め、様々な解析サービスをご提供しています。ニュートリゲノミクスサービスでは、食品素材を特定の細胞に添加したときの変化を解析し、食品素材の機能性を検討します。食品素材をご提供いただくだけで、素材の前処理や条件検討から、データの分析と解釈まですべてサポートいたします。

参考文献
  • 1)Zhou Y, She X, Chen Z, Wei Y, Xiao Y, Zhou X. 2022. Tartary buckwheat (Fagopyrum tataricum (L.) Gaertn) protein-derived antioxidant peptides: mechanisms of action and structure-activity relationship in Caco-2 cell models. Food Science and Human Wellness. 11(6):1580–1590. doi:10.1016/j.fshw.2022.06.016.